期待のコスト悲観のコスト
株をやっていると良く分かる。
期待するのはコストだということ。
期待にエネルギーを注いでコストをかけた分だけ、予想と違って損切りする時の痛みも大きくなる。
逆に、例えば暴落時に、悲観することに感情エネルギーを使ってしまうと、それだけコストをかけたのに買い進めるなんてことはできなくなる。
期待というコストをかけない。
含み益が出たからといって喜びというコストもかけない。
明日さがるのではないかという悲観のコストもかけない。
無。である。
いちご2337が好決算を発表した。
それによって、月曜日にストップ高になるのか、それとも材料出尽くしで下げるのか、それさえ分からないものだ。
なぜなら、株価は売買する人の気分によって決まるもの。
他人の、しかも大勢の他人の気分を正確に予測できる人などいないのだ。
私たちは目の前のよく知っている恋人の気分すら測りかねるのだから。
だから一喜一憂するだけ無駄。
月曜は上がるだろうか。下がるだろうか。
期待もしなければ、予測もしない。
ただルールに従うのみ。
唯一、動かない心こそが正解。